市耒健太郎の未来ビジョン

これからは
“クリエイティビティ(創造性)”
しかない

-2050年には、どのような世界が広がっていると思いますか?

これからの時代に、人間に求められていくことは、「クリエイティビティ」つまり「創造性」しかないと考えています。その背景を簡単に話しますと、一つは、テクノロジーの飛躍的進化です。これからのAI、IoT、ビッグデータ、ロボティクスの時代には、生産管理、効率化、最適化、記憶などはインフラにゆだねられるようになります。そこで人間ができることは何かというと、創造性の発揮が中心になります。例えば、ワクワクする、ドキドキする、美しさで感動する、驚く、笑うといった感性的な要素が、受け手としても、送り手としても、人間の能力の中でもっとも重要になるでしょう。

次に、非連続性の時代ということです。20世紀は右肩上がりの安定成長時代でしたが、今は違います。一つの技術革新、社会の要素、環境問題など、何かが変わるとガラッと何もかもが連鎖的に変わる時代です。こういう非連続性の時代では、人間の持つ「ゼロからイチを生み出すエネルギー」がもっとも価値がある資産となります。その原点もやはり「創造性」です。

今後の文明は、メディアも、経済も、教育も、クリエイティビティ(創造性)を中心に再編成されていくでしょう。

-創造性という観点で今の日本を見たときにどう感じますか?

クリエイティビティの世界では、日本はポールポジションにいると思っています。

和食や伝統美術などは言うまでもなく、アニメ、コンテンポラリーアート、建築、アニミズムから武道や自然観など、すべてが創造的で、すでにグローバルに魅力のあるコンテンツです。僕らはそれらに慣れ親しんでいます。また、岡潔氏や湯川秀樹氏に代表されるように、数学や科学の領域でも創造性を発揮してきました。

つまり、僕らの中には、創造性がDNAとして色濃く根付いています。日本には、芸術領域や文化領域、そして科学領域ですら、創造性を基軸とした目利き、美意識、手法論が存在し、クリエイティビティの素地が極めて高いと思っています。意外にその可能性の大きさに無自覚なのが日本人なんです。

-創造的な社会を創るにはどうすればいいのでしょう?

2つの挑戦があるのではないでしょうか。1つは、「芸術」と「科学」、つまり人間の持つ「理性」と「感性」を高次元で衝突させること。僕には、今の日本人には十分、創造性はあるのですが、領域の予定調和に押しやられているように感じます。例えば、あなは文系、あなたは理系と決めつけられて、そのままシューカツにのぞみ、そのまま延長線上で単一部署に配属させるようなやり方では、イノベーションもモチベーションも活きてきません。人間の本来の全体的な創造性を尊重し、かつ専門性に栄養を与えながら、企業や大学の開発部門において、脱領域ならぬ「越領域」を後押ししないと、真のイノベーションは生まれないでしょう。

もう1つは、創造力を発揮するキャンバスを、セクター別ではなく「社会全体」に設定しなければならないと考えています。昔の体制ですと、科学、文化、芸術、経済、政府といったそれぞれのセクターの中で最適解を探してきました。しかし、これからは各々の才能が連綿と絡み合って、集合知を形成し、社会全体を一つのキャンバスとすることで、もっと大きくて大胆な絵を描かなくてはなりません。

文化は、四半期経営では、生まれません。僕が2050年の東京への願いとして提唱したいのは、「河川文化のリデザイン」と「食のシリコンバレー」です。

-「川」と「食」の話について、もう少し教えてください。

歴史をたどると、四大文明はすべて川で興っていますね。川はもともと、農業をはじめ、産業、流通、商売、祭事、文化の動脈です。パリやニューヨークやロンドンも、リバーサイドを大胆にリノベーションすることで、都市の競争力を飛躍的に高めました。僕は、東京の川沿いエリアこそ、もっとも成長へのノビシロが大きいと思っています。東京はもともと、江戸時代の浮世絵や、「○○橋」という地名の多さから分かるように、世界に誇る水辺文化で活気づいていました。それを高速で覆ったり、暗渠(あんきょ)にしたり、ビルも川に背を向けたりして、とってもさみしい感じになってしまいました。ならば例えば、隅田川沿いを京都のように川床を設置して江戸風情を感じる文化発信地にできないか。あるいは、若者文化の中心である渋谷のど真ん中に、自然とテクノロジーを融合した新しい川をつくれないか。大都市の中心にある水辺環境を大胆にリデザインすることで、江戸の情緒と未来的デザインの融合を実現できれば、TOKYOが世界に比類ないほどの文化的魅力を出すでしょう。

次に「食」の未来です。和食は海外から高く評価され、世界無形文化遺産に選ばれたことで、実は、風潮として伝統(=のれん)保護のスタンスが強くなりました。しかし、食は、今、芸術と科学が衝突することで、もっとも大きなイノベーションの可能性のある分野なんです。醤油、味噌、お酢、みりん、お酒、かつおぶしといった日本食の基本となる発酵醸造技術は、僕は最高の“バイオアート”だと考えています。このバイオアートに都市デザインや観光業を掛け算することで、食と生き方を結ぶ新しい物語が無数に生まれ、東京だけでなく、日本中に、サンセバスチャンやナパバレーのような場所をどんどんプロデュースできるはずです。東京でも、独自の日本酒蔵やクラフトビール作り、味噌蔵、醤油蔵、酢蔵を推奨して、投機的に起こしていくことで、新しい江戸前寿司や立ち呑みや居酒屋文化を、よりグローバルに発信できるようになります。自然科学系大学と美術系大学が連携しながら、ゲノム生物学や応用生命科学、食品工学、栄養学の科学の最先端と文化創造のぶつかる場所、まさに「日本食をサイエンス×アートできるプラットフォーム」として、東京が「食のシリコンバレー」になっていけば、未来都市として最高ですよね。

-東京が目指す姿はどういうものだと思いますか?

江戸文化のワイガヤと、経済と科学の最先端とを掛け算すること、ではないでしょうか。文化保護だけでもダメで、経済発展だけでもダメで、新しい「文化経済圏」が求められていると思います。東京の魅力って簡単に言うとカオスですよね。未来と伝統、猥雑とミニマリズム、エコとエゴとエロ、和と国際性が、隣り合わせになっているこのドキドキ感。そのような相反する要素を排除せずに、新しい多様性と都市の概念を生み直すことで、“世界最高のクリエイティブカオス” を創るのが東京の目標じゃないかと思っています。

そのためには、均一化に抗うこと。目の前のものを常識に思わないことが大事です。東京にはすごい文化と歴史があるので、そういうものをリスペクトしながらテクノロジーを組み合わせることで、どんどん新陳代謝していけばいい。日本人は、ともすれば均一化の方向に向かうリスクもあるんですけれども、今の東京には、古民家のリノベや若者の下町ブームに見受けられるような、新しい土着文化も生まれ始めているんじゃないかと感じています。

新しい土着文化が生まれてくれば、東京にしかない価値や美意識がまた育つでしょうし、国際的な競争力も生まれますよね。カオスを愛でる感覚がNEXT TOKYOの遺伝子なのではないでしょうか。

-最後に、今の子供たちに伝えたいことはありますか?

20世紀は大半が、ハードウェアの時代でした。20世紀後半から今までは、ソフトウェアの時代。僕は、次の時代は、ヒューマンウェアの時代だと思っています。とにかく人間力が、一番大事になると思います。

子供自身がなにかを「うわ〜、面白い!」と思えることが、最大のエネルギーです。そのエネルギーがすごく強い人が周りを巻き込んで、共鳴させて、そして大きな波を起こしていく。そういう子どもが増えればいいなって思いますよね。

そのために、やっぱり「生(ナマ)」って感覚が大事だと思う。「生」で物事に触れる。カブトムシを捕まえるときに手にカブトムシの足が引っ掛って血が出たり、夏祭りの夜に神社の境内で太鼓を叩いてみたり、自分のやりたいゲームをプログラミングしたり、行ったことのない国に行ってみたり。子供のころはとっつかみあいの喧嘩もしていいと思いますよ。それによって人の痛みがわかります。とにかく「生」で何かを体験することがすごく大切だと伝えたいですね。