パックンの未来ビジョン

思考のダイバーシティ

―来日して25年になりますが、この間、日本や日本人が変わったところ、変わらないところは何でしょうか。

変わったところからいきましょう。一つは女性の社会進出です。女性が発言する機会が増え、女性の知事も生まれるなど、社会で活躍する女性が増えました。家庭で協力する男性も増えてるし、共働きも珍しくなくなった。さらに、セクハラやパワハラなどを許さない意識が高まってきたように感じます。同様、外国人や障害のある人に対する言動も、より差別をなくす方向に変わってきてます。

次に変わっていないところはと言えば、今挙げたようなことが不十分な点です。つまり人も社会も変わり切っていない。先日出席したあるイベントでの挨拶はセクハラ発言のオンパレードでしたね。

あと、変わらないところで是非挙げたいのは、治安が良いこと。子供や女性が暗い道を一人で出歩けるのも、さすが世界一の治安を誇る国だなと来日時の思いは今も変わりません。

―現在、大学でコミュニケーション学と国際関係理論を教えているとのことですが、今の学生にどのような感想を持っていますか。

学生も自覚しているのですが、やはりコミュニケーションの力が少し弱い。小学校とかでも何かプレゼンするときは大体テンプレート(雛形)がありますよね。「私は何々について話したいと思います。私が読んだのは誰々作の何々です。私はこう感じました。これで私の発表を終わります」。こういうテンプレートで小学校から大学、社会人になっても、物を読み上げるようなコミュニケーションになってるから、融通が効かない、順応性があまりないように感じます。

私が授業で教えるのは、プレゼンは例えば質問やクイズから始まってもいいんじゃないかと。意表を突く導入で、まずは相手を自分に集中させてから本題に入る。グローバル化と騒がれているこの20年でもコミュニケーションはまだまだこれからですね。

でも、日本の教育制度が植え付けるものはすごく偉大なんですよ。倫理観あり、基礎知識あり、社会性や協調性もあります。発信力はあまりないけど、受信する力はもしかしたら世界一です。空気が読める。これには自信を持っていいです。

―これから未来に向けて、コミュニケーションというのはどのように変化していくと考えていますか。

私が大学で教えているコミュニケーション学というのは、実は全部「レトリック」といって、古代ギリシャで説かれた弁論術が基になっているんです。古代ギリシャでアリストテレスとかソクラテスとかキケロといった人たちが説いたものが、二千何百年経った今でも通じるんですよ。

人によく伝わる話というのは、「エトス」「パトス」「ロゴス」という弁論術で説かれる三大要素が入っているんです。エトスというのは人格です。自分がどういう立場なのか、例えば、「5人の母として言います」というのは、ああ命懸けで子供を育てる母親なんだな、この人は信用できるなと思わせるような要素です。

2つ目が「パトス」。これは感情です。相手が抱く感情を生かして説得する、憧れを見せる。広告に有名人を起用するじゃないですか。憧れの心を使って人を動かす。感情といえば、怒りもあります。愛もあります。愛国心や愛社心もそうです。こうした感情に訴えて人を動かすのもパトスです。

最後が「ロゴス」。ロゴスというのはロジック、つまり論理も入りますけど、それだけじゃなくてキャッチコピーとか言葉のリズム、「早い・旨い・安い」みたいな3つにまとめた構成とか、こうした言葉が持つ力もロゴスといっていいと思います。

時代が変わってもコミュニケーションの基礎は一緒だと思います。これから先、AIやインターネットの時代でも、エトス・パトス・ロゴスが入っていると説得力が格段に上がると思います。

―2050年の東京をイメージして、東京の未来、東京の可能性について、どのようなことに関心を持っていますか。

2050年の東京って考えるだけでも面白いテーマですよ。まず最初に懸念材料を挙げると、少子高齢化です。実はこれ2番目です。1番目は環境です。日本は今のところ大丈夫そうな気がしますが、海面上昇で東京が困るかもしれない。洪水や台風の激化もあります。こうした気候変動にどのような対策を講じるのか。東京そして日本という国がもう少しクリーンエネルギー化とか、省エネ化の最先端に立ってもいいように思います。これらは懸念材料です。

次に明るい材料です。懇談会のプレゼンで少し触れたのですが、AI革命では、もしかしたら日本はちょうど良いところにいるかもしれない。少子高齢化とAI化は、ちょうど良いバランスになる可能性があるんですよ、この国においては。労働人口が減っていると同時に、AIが代替できる仕事が増えていくと、AIが仕事を奪うということではなく、結局失業率が低いまま革命を乗り越えることができるかもしれないです。高齢化によって、働き手が引退するわけだし。ただ、これは少子高齢化とAI化という奇跡的な偶然がもたらすものなので、世界のモデルというのは少し難しいと思います。

AIに対しての漠然とした不安も、AI化によって我々がより豊か、より楽な、より楽しい生活ができるようになっていれば不安や反発はおきないのではないでしょうか。ただ、心配な面もあります。AI化による利益をどのように再分配するのか。例えば、AIコンピュータが10人分の仕事をするようになった場合、それまで払っていた10人分の給料はコンピュータの所有者のものになります。離職した10人はどうなるのか。産業革命のときは、新しい産業、新しいビジネスがどんどん生まれていた時代なのですが、これからも同じように労働者を必要とする新しい産業やビジネスが生まれるのか疑問です。この先、AIが前提となった時代で、10人なら同じ10人分の仕事が生まれるのだろうかという心配はあります。そうすると、例えば、同じ人数分の仕事を生まなくていいから、3人分の仕事を10人で分けて、1日2、3時間ぐらいしか働かない。それ以外は自由に遊べるような世の中になっていれば、みんな楽しいと思います。ただ、その分だけ資産の再分配政策を進めないといけない。

―最後に、未来を担う子供たちにメッセージをお願いします。

僕らオッサンの話なんか聞かなくていいですよ。ここまで読んでもらって、今さら言うのは申し訳ないけど。自分たちで考えて、自分たちで作り出していただきたいですね。僕らの知らないものをいっぱい知ってるし、僕らが気付かないものにもいっぱい気付いているし、僕らが要求しない要求も持ってほしいし、希望しないものも希望してほしい。その希望とか要求に応えるように、自ら努力して、上に頼らない、下にも頼らない、自分たちの力で2050年の東京をつくってほしいですね。

みんな我慢しているから自分も我慢するというのは日本の強みでもあるんですけど、我慢しない人が進歩の源だと思うんですね。ずっと同じやり方を続ける必要はないと思う人が改善のきっかけになるんです。ちょっと違うことも考えられますよ、「少なくとも私やらせていただきたいです」という、わがままな気持ちもすごく大事だと思います。発想だけじゃなくて。

世界一とか日本一って、よく言うんですけど、どうか自分にとって、東京を「自分一」のまちにしてほしいと思います。